down load

第V章 The Adult Fishing 熟女魚物語り。
Messenger by yoshi .w

Magazine 出演魚。 熟女魚 尺上山女魚。 川芸者 産卵ウグイ。 マブ魚 婚姻色オイカワ
疑似鈎詐欺師。 Koriyama City Fukushima Japan Yoshi .w
熟女魚物語り。
あらすじ。
戦後の高度成長期に村から町に、そして都会へと移り変わる世間の片隅に生きた男の「裏と表の人生模様」。ネオン街の暗闇にうごめく男と女。アダルトな世界を川面に移して、熟女魚と疑似鈎詐欺師との駆け引きをドキュメントタッチで綴ります。
本流に生き抜くスレッカラシ尺上山女魚をゲットするには、真っ当な贈り物では不可能だと貴方は悟るに違いない。
この物語りは全てフィクションです。







第V章。 [憧れの東京に旅立ち。そしてロックミュージシャン。]
都暮らし。



夢だった東京



Mens Paradise。

ロックバンド結成。



バンド結成。



人気雑誌に紹介された。



ザライダース


「旅立ち夢の東京」

1965年。留年する事も無く、ようやく高校を卒業した芳樹は、一路夢を乗せて東京の装飾総合会社(WINDOWDRESSERSCONPANY)に就職した。
名前だけは立派だったが、総合衣料品研究所といった所だ。

芳樹は、イベント会場やデパート等のショーウインドウを飾るDECORATERになりたかった...のだが.二ヶ月間の研修後に、トンでもない部署に配属されてしまった。その配属先とは、新商品を得意先に売り込むセールスのアシスト(商品展示見習)だ。
しかし、新商品とは女性のランジェリーだったのである。
ANDERUEARだけでは無かったものの、幾ら何でも、穢れを知らない18歳の無知な男?にさせる仕事ではないと思うのだが...。
余程オンナ好きに見えたのか、それとも芳樹の創造性を見抜いていたのかは定かではない!

其れだけではなかった。情報集めといって、ユーザーの反応を得る為に女性の職場内を巡って、商品モニター(着用した感想等)を依頼収集する事だった。上司(女性)と一緒とは言え、とてもコッパズカシくってとにかく嫌だった。
そしてとうとう、配属されてから一ヶ月も持たずにトンズラ(退職)してしまいました。




「バンドマスター」
故郷郡山に戻った芳樹は、取り合えず稼業の雑貨商を手伝う事になった。
60年代後期は、ビートルズやスプートニクス。ベンチャーズ等リズム&ブルースの時代で、郡山市でも大きなイベント(ポップ ステップ ジャンプ フエステバル)が開催され、若者達は夜毎熱狂する程大ブームとなっていた。
国内でも、グループサウンズが次々と誕生して、
TV歌番組も全盛を極めていた。芳樹は、子供の頃からギターが大好きだった。と言うよりも、萬屋に出入りしていた演歌師(ギター流し)から暇さえあればプロの手解きを習っていたのである。その腕前は、中学の頃から自作曲もアレンジする程だった。もっとも、春日八郎とか三橋美智也の歌謡曲ばかりだったのだが..。

そんな訳で、クラシックギターからエレキギターに持ち替えて、ロックバンド結成を決意するのに時間は掛からなかった。ドラム担当橋本幸一。リズムギター佐藤盛男。ベースギター斎藤次郎。エレクトーン高橋善治。ボーカル須藤恵理子。バンド名は[ザ.ライダース。]
そして私が、リードギターを担当した。
この仲間の多くは、高校時代からの悪友達。毎晩牛小屋で練習、そして遂に初ステージを踏む事になったのだ。牛小屋の練習場とは、その時代は貸しスタジオなんて無かったので、大きな音を出すドラムとエレキギターの練習は大変だった。
隣近所からは、騒音で怒られる毎日。思案の挙句、仲間の家の離れにあった牛小屋を皆で改造する事にしたのだ。急ごしらえの大工仕事で、どうにか場所を確保したのです。

メキメキと上達して、毎月のように郡山商工会館をステージにしてパーティーを開いていた。メンバーの多くは会社勤めだったが、芳樹は、平○雑誌にも紹介されて有頂天になり、女遊びばかりして殆ど仕事をしていなかった。毎日ブラブラしながら、好きな曲をアレンジして皆の譜面を作り、夜の練習に精を出していたのである。
間もなくして、オリジナル曲が多かったためかダンスホールからスカウトされた。お金が稼げて食事付きが魅力だった。其れからは、郡山と福島のホールを掛け持ちしながら、プロミュージシャンとして演奏活動を全開。大好きなギターを思いっきり弾けるし、その頃のバンドマンは、女の子からダントツ人気があった。

若さゆえ、華やかな夜の世界が全ての欲望を満たしてくれました。

三年程ステージ活動していたが、メンバーの最年長は20代後半となり、グループの維持が難しくなってきた。芳樹は、一番若かったので継続したかったが、新しいメンバーではリズムのノリが悪くなるので、二二歳を機に思い切ってグループを解散した。



「みちのくトラック野郎」

一日中音楽が聴けて、他人から束縛を受けず自由に仕事ができる事を理想とした芳樹は、ぐるりと夜の人生をUターンさせて、長距離トラック運転手として働く事になった。
主な路線は、郡山から青森まで資材を運び、弘前から農産物を積んで東京の築地に搬送。其処で再び荷を満載して郡山に舞い戻る「陸奥から東京一人旅」だった。

初めの一年ぐらいは、四季を問わずロックのリズムに酔い痴れていたのだが、何かが違う。何と無く、車窓の風景とリズムがミスマッチなのである。有る冬の夜明け方、強烈な地吹雪が横殴りにトラックの車体を揺さぶっていた。
こんな夜は、何故か荒れ狂う雪に立ち向かう心境になるんです。その時、深夜放送のラジオから三味の音が迫ってきた。
BGMのように聞き流していたが、これがヤケに合うんです。武者震いする程トラック野郎の闘争心を掻き立てるんです。

荒れた天気を乗り越えて、窓から差し込む陽射しにふと思い出した。
あの曲は何だっけ。夜明け前に聞いたあの曲は、北島三郎の「風雪流れ旅」だった。
そんな出来事から間もなく、弘前の知人宅でねぷた祭り見物に誘われた。ほろ酔い機嫌の私の心を、再び衝撃が襲った。其れは、勇壮な「ねぷた絵」だった。力強い黒墨と、朱色の暈し紋様。不思議な事に、子供の頃見ていた渡世人(ヤクザ)の背中の絵柄(刺青)が交錯したからだ。

みちのく街道を突っ走るには、「ねぷた絵」をトラックに描きBGMは「津軽三味線」しかないと心に決めた。芳樹のトラックは、アルミパネルの10トン車。勿論、大枚を叩いて購入した自前のトラック(ローンです!)だったので、落書きしたって誰も文句は言わネェ.のだが、肝心な事を忘れていた。
大型車のトラックボディーにねぷた絵を描く(エアーブラッシング)となると、100万円以上も掛かる事を知ったのです。是にはさすがの芳樹も困りました。何しろ、車のローンがしっかり残っていましたからね。

其処で芳樹は、一番値が張る下絵だけでも自分で書く事にしたのである。
偶然にも、弘前の友人がいたので早速頼み込んでみた。何と、旧家だった彼の家に昔の下絵が有ると言うではないか。それからは、連日絵柄の選定に入りました。黒。青。朱色。この暗色の暈し紋様を巧みに配置。しかし、どうしても選んだ武者絵はアルミのボディーに馴染まないのだ。自分が好むベースカラーは、果たして何なんだろうか。

男が惚れる義理人情の色。其れは、彫り師が好む青色の暈し。刺青の線画を、ボディーにブラッシング(エアブラシによるアート)しようと決断した。刺青は、最初に筋彫りを入れてから面を暈しながら刺し込んでいく。この手法は、エアブラシを使えば思うように仕上られる。私は、この時初めて「色による透かし」を覚えたのである。
なんせ、お金が無いのだから自分でできる事はやるしかないのだ。そして遂に、デコトラが完成したのです。
こうして芳樹のトラックは、ねぷたアートを取り入れてデコレート。意気揚揚と国道
4号線を走り抜ける事になったのです。
つづく!!!



第V章の今宵は、この辺でお開きにしとうございます。次回は、またまたトンでもない事が起ったんです。千葉栄町のストリ○プ劇場演出と過激なバイト。そして芳樹一代の転機の訪れ。を、お届けします。おっ楽しみに<!>
この物語は全てフィクションです。

第一章。 第二章。 第三章。 第四章。 第五章。 第六章。 第七章。



トラック野郎


デコトラ

ねぷた絵

仲間の傑作
アートトラック
それじゃ。第V章の今宵は、此処までのお話とさせて頂きますね。次回をお楽しみに!


Back ご感想など有りましたらお聞かせください。